私の歩んできた道のり
The path I've taken
私の父は大工でした。そのため私は大学で建築科を専攻し、家業を継ぐ予定でした。しかし、子供のころから好きだった料理の道を諦めきれず、進路を大きく変えることに。
自分の料理でたくさんの人と交流し喜んでもらいたい、そして地域で最も信頼される店にしたいと思い起業しました。
最初の店は八木西口駅前でした。
実弟と二人で立ち上げたイタリアンレストランです。経営の経験など全くなくて数字の管理ができない。
料理は情熱の成せる業か好評でしたし今思えば売り上げもそこそこ出来ていたにもかかわらず、経営は火の車。
しかも最初の一年は無休の上労働時間は朝10時から深夜12時までと長い。
正直『こんな仕事一生出来るのかな⁉』と不安をつのらせる毎日でした。
月日は3年経ち、兄弟であってもお互いの考えの相違もありそれぞれが独立して経営することに。
弟は八木の店を1年続け、学園前に移転。
私は、そのころ大阪でやっていた業態のレストランバーば~るを桜井にオープン。
このお店が半年で軌道に乗りブレイク。
その後3年で広陵町にリストランテば~るAVANTYを出店。
大宮町にトラットリアviaggioを3店舗目としてオープン。
バブルの時代でもあり出店する店は繁盛で、一番有頂天になっていた時期でした。
今思えば初志を思い出すことすらなかった。
そして、最初の試練、アルコール規制法です。
重ねてバブルもはじけて夢のような時代が去り、景気は一挙に冷え込み、そのあおりを受けその頃5店舗あった店は存続さえきびしくなりました。
決断の時!
広陵町のば~るAVANTY一店舗に集約して必死の立て直しです。
任せきりの店は売り上げもかなり落としており、5店舗あったときの借り入れもあり、任せるばかりでなく、私自身も朝11時から朝3時までレストランに詰め、立て直しに集中しました。
3年ほどが経ち何とか売り上げも安定し、生き残ることができました。
今はWINE×鉄板料理ば~るで自分一人で料理を研究、調理する毎日です。
42年という料理人人生の中で今が最高に楽しく料理を考え、調理している時がもっとも幸せな時と感じます。
その中で色んな情報をもとに創意工夫する毎日ですが、この小さな店にこもってもくもくと研鑽するうちに年齢も60代なかばになり、自分自身を振り返り、以前以上に関心が高まってきたのが『健康』です。
母も年老いて、自分も老眼が進み、若い時にはそんなに身近に感じなかった年齢的による衰え。
特に「食」という仕事に携わっている自分はそれを通して家族や周りの方々に、そしてお客様に貢献できるという立場にあります。
色んな文献を読んでいるうちに現代医学に見る対症療法ではなしに、食と生活環境の改善を通して人々の健康に関与してゆきたいと強く思うようになりました。
自宅でも対症療法に慣らされて、なかなか理解してくれない母の説得は難しく、ヘルシーな食事という入り口から少しずつアプローチして行きました。
私はもともとやや高血圧であり、医者から降圧剤など4種類の薬を処方してもらっていましたが、今では飲んでいません。しかし数値は安定し、薬の副作用とは無縁で体調もすこぶる良いのです。
ば~るでも最近お客様の健康意識に変化があり、私に相談をいただける方が増えてきています。
そんな時は「食」というテーマでお話をさせていただきますが、たいへん関心をもって、喜んでいただけます。
最近は特にお客様に喜んでいただけるサービス、お客様の心が喜ぶおいしい料理、そして、「健康的な食事」というテーマを崩さず、なおかつ、「食べる」という行為で人と人がつながり、食卓が笑顔で絶えない、そんな食の輪を広げて行きたいという思いが強くなりました。
42年の料理人人生の、ターニングポイント。
こんな思いが湧き出してくる中、約一年前のご常連様であり、お客様として というよりも、「心の友」とも、思える方に出会いました。たった1年ですが親密になったその方が大動脈解離で亡くなられました。
突然でした。
2日前にば~るで一緒に飲んでいたんです。まだ40歳半ばという若さで…
子どもは 一才を迎えたばかりの男の子を含めて5人もいるのです。
その方のよく座っていた席を見ては、何日間か涙が止まらず、今でもたびたび笑顔や“大将”と呼ぶ声を思い出します。
甘いものが好きで、うちに来られても甘いワインをよく飲まれていました。
大動脈解離は甘いものが原因になることが非常に多い病気です。
その時、私にその知識があれば、今でも一緒に楽しい時間を共有できたのに。
この経験があり、特に「食と健康」を提供することが私の仕事だと、意識するようになりました。
まだまだ発展途上ではありますが、日々の研鑽を積んで、美味しい料理で人々を幸せにできる、笑顔にできる、そんな人と人の繋がりのなかで、お互いに信頼がうまれ、
『貴方にまかせます!』 とおっしゃっていただけるのです。
そして僭越ですが、MASTERと認めていただける方たちがいてくれる。
さらにそんな繋がりが伝導して広がる社会。
そのためにはいつも出会いを大切に、一人ひとりのお客様に向き合ってさらなる料理の研鑽をし、
「食と健康」を永遠のテーマにかかげて歩んで行きたい。
それが今の私の、料理人としての価値であり、お客様と作る「食と健康」の原動力です。
辻合 重光